『殺人の追憶』と虚偽自白

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水曜日

ポン・ジュノソン・ガンホの名コンビによる『パラサイト』がオスカー四冠獲得ということで、記念に。

ポン・ジュノ監督の出世作であるこの映画では、取り調べの様子が詳しく描かれる被疑者が三人登場し、そのうち二人が“虚偽自白”をします。

二人目の被疑者が殺害の様子を“自白”するシーン。浜田寿美男流に言えば「犯人になる」つもりにはなったものの殺害に用いた凶器を知らない被疑者に対して、ソン・ガンホ演じるパク刑事が手を胸にあてるしぐさをします。

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これを見た被疑者が「ブラジャー(で絞めた)」と供述するわけです。現在のように取り調べが録画されていれば別ですが、録音していても痕跡の残らない誘導です。

最初の被疑者、知的障害があるクァンホの場合。殺害の様子を突然語り始める被疑者。ソウルから来たソ刑事はパク刑事が筋書きを暗記させたのだと思ってとりあわなかったのですが、捜査が行き詰まり疲れ果てた二人の会話の中で、パク刑事は「暗記」説を否定します。そこで録音テープを聞き直した二人は被疑者が自分の体験ではなく、目撃した光景を語っていたことに気づきます。

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したがってこれは「虚偽自白」ではなく、自白と誤認された目撃証言だったわけです。二人の刑事それぞれの思い込み(「こいつが犯人」「でっちあげも辞さないヘボ刑事」)が招いた誤りがなかなか巧みに描かれていたと思います。

問題点を理解しない誤認逮捕報道

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火曜日

どの記事も似たりよったり(警察発表垂れ流しなのでしょう)なので、記事が消えない産経で代表させます。

-産経新聞 202年2月8日 「公然わいせつ容疑、男子大学生を誤認逮捕 警視庁

(……)緊急配備中の同署員が近くで背丈や服装などが目撃証言と似ている男性を発見、職務質問した。男性は容疑を否認したが、女性が「あの人に間違いない」と証言したため、現行犯逮捕した。

この種の事例で肝心なのは、この“面通し”がどのような方法で行われたか、です。不適切な手法で行われる“面通し”は誤った目撃証言を誘発しやすいことを記憶心理学は明らかにしています。いかにも「容疑者」という扱いで連れてこられた男性を単独で見せられたのであれば、被害者女性が「あれが犯人だ」と思いこんだとしても不思議はありません。いい加減な報道は目撃証言に対する不信感を醸成しかねませんから、“面通し”の方法が不適切だったのであれば、その旨を強調した報道であるべきです。

 

はなしは変わりますが、『無垢なる証人』見てきました。昨日アカデミー賞四冠を達成した『パラサイト』が「ネタバレ禁止」を強調した広報を行っていましたが、むしろこちらの方が絶対ネタバレ禁止じゃないか? と思いましたよ。劇場公開が終わったらなにか書こうと思います。

折角のチャンスなのにまず「価格」が気になる日本のマスメディア

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日曜日

シラスウナギの漁が「好調」であると報じられています。

-日本経済新聞 2020年1月18日 「ウナギ稚魚漁、3年ぶり出足好調 店頭価格波及まだ

「好調」とは言っても絶不漁だった過去2年との比較で、の話です。最盛期に遥かに及ばないことは変わりません。しかし上記記事の見出しにあるようにまず関心が向けられているのは価格の低下です。記事の最後に申し訳程度に「天然のウナギがすみやすい河川の環境整備など、資源を増やす取り組みも欠かせない」とあるだけで、あとはすべて業界と価格の話ばかりです。稚魚数が多いときほどそれが親になるまで育って産卵へと繋げなければならないのですが。この調子では安くなったウナギを場当たり的に消費するだけに終わってしまうでしょう。

ウナギについてはこんな記事も見つけました。

-Nagano Nippo Web 2020年1月27日 「寒の土用ウナギ供養祭 うなぎのまち岡谷の会

岡谷市発祥の「寒の土用丑の日」(23日)に合わせ、市内のうなぎ料理店や川魚店でつくる「うなぎのまち岡谷」の会は26日、ウナギの供養祭を同市の釜口水門近くで開いた。発祥の地記念碑の前で一礼し、1年間に消費されたウナギを供養。諏訪湖にウナギ約30匹を放流し、岡谷の食文化を守る決意を新たにした。

(後略)

必要なのは資源保護にはほとんど寄与しない放流で「なにかやったつもり」になることではなく、カジュアル消費を増やすだけの「寒の土用丑」などという愚行を直ちにやめることでしょう。「食文化」の前に「天然ウナギ資源」を守らなければ元も子もないのに……。

こんな調子だから、本来なら目くじら立てるほどでもないニュースも禍々しく見えてしまいます。

-信毎web 2020年1月17日 「岡谷で「うなぎ給食」始まる 園児ら夢中

 岡谷市名物のウナギのかば焼きを使った「うなぎ給食」が16日、市内で始まった。市発祥の「寒の土用丑(うし)の日」(今年は1月23日)をPRするため、市内のうなぎ料理店グループがかば焼きを提供。2月までに保育園や小中学校などで1回ずつ出される。

地方都市の幼稚園児が一回の給食で消費するウナギの量など誤差みたいなものですが、ここにもしっかり「寒の土用丑」の PR が組み込まれています。

さらに許しがたいのが次。

-ROCKET NEWS24 2020年1月23日 「【衝撃】うなぎ界の二郎! 新小岩「和友」のうな重がハピネス…!! 圧倒的ハピネスに震えた…ッ!!

見出しを見ただけで存在を許されない店であることがわかります。このような愚挙を娯楽的に消費するメンタリティは確実にグレた・トゥーンベリさんらの活動を嘲笑するような風潮とつながってますね、確実に。

 

関テレ「報道ランナー」で湖東記念病院事件特集

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金曜日

関西テレビの夕方のニュース番組「報道ランナー」で湖東記念病院事件の再審がとりあげられることに番組表を見ていて気づきましたので、録画してみました。約16分の特集です。

これまで私が見てきた報道や番組にはなかった(私にとって)新しい情報として、取り調べの様子についての西山さんの証言があります。

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遺体の写真をみせて「これを見ても何も思わないのか/責任を感じないのか」と自白を迫った、とのこと。取り調べを「反省の場」と考える日本の警察らしい取り調べ手法です。

特集の中心になっていたのは「証拠開示」の問題でした。未開示の証拠が約480点あるなかで開示されているのは約180点にとどまることが指摘され、証拠が開示されないことが冤罪の原因究明にとっても障害となっている、と。

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元検事の市川寛弁護士は検察が証拠開示に後ろ向きな理由について、「弁護士は邪魔、裁判官は俺の言っているようにやればいい」と考えるように検察庁が教育している、と指摘。またこうした検事の態度の前提として“検事はすべての証拠を見ている”という思いがあるが、自然死の可能性を示唆する捜査報告書を警察が検察にも隠していたこの事件はその「反証」となっている、とコメントしていました。

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最後は笹倉香奈教授の「すべての証拠を開示することを義務付けるような法改正が必要」というコメントを紹介。時間帯を考えれば結構踏み込んだ内容になっていたと思います。

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「ガラパゴスと評されている」ことは認識できても「ガラパゴスである」ことが認識できなくなっている……

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火曜日

-毎日新聞 2020年1月22日 「大津園児死傷 地裁、被告の保釈取り消し 論告求刑やり直しの見通し

このニュースにはさすがに驚きました。「起訴内容を争う」とはいっても事故を起こしたこと自体を否認しているのではなく、先行する報道によれば事故に巻き込まれた「直進車の過失について新たな主張をしたい」とのことにすぎません。被告人の言動はワイドショー的な関心を掻き立てるようなものであるようですが、保釈取り消しはいかなる意味でもペナルティーであってはならず、単に捜査や公判維持の便宜のためにしかあってはならないことです。

カルロス・ゴーンによって日本の「人質司法」への国際的な関心が高まっているときにこのような決定が下ることは、日本が「人質司法」への批判に対して開き直っているというメッセージを国際社会に送ることになるでしょう。

ゴーンの逃亡をうけて、マスメディアでは日本の刑事司法が「ガラパゴス」と評されていること自体は報じています。しかし「ガラパゴスである」ことが問題である、という認識は希薄なようです。

-『週刊新潮』2020年1月23日号(デイリー新潮) 「ゴーン使用パソコンの提出拒否! なぜ弘中弁護士に強制捜査をかけないのか

このパソコンを差し押さえるという検察の方針のバカバカしさは、他ならぬこの記事が明らかにしています。「でも、これだけ日本を貶(おとし)めているゴーンを守ることが正しいのでしょうか」。かくかくしかじかの犯罪を立証するためにはこれこれこういう次第でこのパソコンを押収する必要があります……というはなしではまったくないのです。

さらに記事の結び部分にある「これが世間の皮膚感覚だろう」というフレーズにも注目したいところです。仮にも個人のプライバシーに関わるパソコンを押収するという主張の根拠が「世間の皮膚感覚」なのです。この「世間」は言うまでもなく国際的なスタンダードなど無視することでしか成立しない、超ローカルな規範の根拠に過ぎません。

同じような場面が1月19日放送の「そこまで言って委員会NP」(読売テレビ)にもありました。この日のテーマは「日本の司法はガラパゴス化?ゴーン&IR&死刑」(レコーダーに記録された番組データによる)。熊谷6人殺人事件の高裁判決が一審の死刑を破棄した無期懲役だったことについて、元公安検事の弁護士若狭勝は「一般常識から考えて、やっぱり死刑ですよ」と発言。しかしこの番組内でも(一応)紹介されていた通り、これは国連加盟国の大半では「常識」でもなんでもありません。

さらにひどかったのは、裁判を傍聴したという小川泰平です。

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そこまで言って委員会NP」2020.1.19

被告人の凶悪さを強調し高裁判決を批判しようとしてペルーで服役中(終身刑ですらない有期刑)の兄を引き合いに出したわけですが、これは二重の意味でやぶ蛇であるはずです。第一に、国際的には6人どころか25人を殺害しても死刑にならない国が多数派である、ということ。さらに責任能力が争点となったこの裁判を語る際に被告人の兄の連続殺人を引き合いに出せば、(弁護側が主張していた)統合失調症には遺伝的な要因もあるというのが通説である以上、心神耗弱を認めた高裁判決を後押しする結果にすらなりかねないからです。近代的な司法制度について論じる力量がない連中が墓穴を掘る所を見物させてもらいました(なおもうひとりのゲスト、本村健太郎弁護士の発言はすべてまっとうなものであったことを同氏の名誉のために付け加えておきます)。もっとも、日本というローカルな「世間」では、この墓穴掘りがきちんと墓穴掘りとして認識されるか、怪しいところですが。

 

 

 

 

牧野雅子氏インタビュー記事

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日曜日

-弁護士ドットコムニュース 2019年12月24日 出口絢「痴漢冤罪の責任は、女性にあるのか? まず目を向けるべきは「ずさんな捜査」の問題だ」

『刑事司法とジェンダー』インパクト出版会)の著者で先日『痴漢とはなにか 被害と冤罪をめぐる社会学』(エトセトラブックス)を上梓した牧野雅子氏のインタビュー記事が弁護士ドットコムに掲載されています。「痴漢冤罪」については当ブログでも痴漢が捜査当局にも“軽微な犯罪”と認識されていることが主たる原因であって痴漢被害者と「痴漢冤罪」被害者との間に対立があるかのように考えるのは誤りであるという趣旨のことを書いてきましたが、このインタビューでも「痴漢冤罪の問題は、警察や検察のずさんな捜査が問題であり、女性のせいにすることは捜査機関の問題を正当化することに繋がっています」とされています。

また、『刑事司法とジェンダー』の問題意識の延長線上にあると思われるのが次のような指摘です。

さらに、痴漢を取り締まる迷惑防止条例の要件には、「著しく羞恥させ」といった「羞恥要件」がある。そのため、捜査では被害者の「羞恥心」が作り出される。牧野さんはいう。

「条文そのものも警察の思い込みから立案されているのに、取り調べもそれに沿って行われている。加害者だけでなく被害者も、痴漢捜査の物語に沿うように供述させられていることに多くの人が思い至らない。性被害についての条例がこれでいいのか、議論されたこともないのが現状なんです」

痴漢被害者にふさわしい感情は「怒り」よりもまず「羞恥」である、という思い込みが条文の背後にあるというわけです。取調官の見立てに沿った供述を取ろうとすることが虚偽自白の要因になることは当ブログで再三取り上げてきたことですが、被害者の供述もまた同じような理由で歪められるおそれがある、と。
 

 

気候変動とカツオのたたき

COP25 のおかげでネットではまたトゥーンベリさんを誹謗中傷する冷笑屋どもをよくみるようになりました。主観的には「冷静」で「現実的」なつもりでいるのでしょうが、実際には気候変動という「現実」に向き合うことが出来ず、異議申し立てを行う少女への「苛立ち」を抑えることができないわけです。

何年か前に百貨店の食料品売場でソウダカツオのたたきを売っているのを見かけました。水産資源の危機については人並み以上には知っているつもりでしたが、改めてショックを受けたのを覚えています。ソウダカツオを代替品にしなければならないほどホンガツオの資源量が減っているということなのでしょう。

さてカツオについては先日このような報道がありました。

-朝日新聞DIGITAL 2019年12月2日 「カツオのアニサキス食中毒 「異変」は海で起きていた

昨年報告された食中毒の中で、カツオのアニサキス中毒事例が非常に多かった、その現員についての記事です。

 ではなぜアニサキス寄生が多かったのか。どうやら海の異変が関連していると考えられています。

 漁業関係者への聞き取り調査によると、昨年4月は例年と違って、伊豆諸島の三宅島周辺にカツオの大きな漁場ができており、そこで取ったカツオが全国に流通しました。例年よりも脂ののりが良く、胃の中にはオキアミが大量に入っていたといいます。

 2017年9月以降、黒潮の大蛇行が観察されており、この影響で18年は伊豆諸島周辺の海水温が下がらず、カツオは17年から18年にかけてここで越冬、あるいは18年の2、3月の早い段階で黒潮にのって北上、三宅島周辺で長期間とどまっていた。この間にアニサキスが寄生しているオキアミや、オキアミをエサにするカタクチイワシを長期間食べたため、多くのアニサキスがカツオの内臓に入り込んで、さらに身にも移った――報告書はこうした可能性を指摘しました。

 気候変動に伴う海水温の変化が海に与えるダメージについては、次のような記事もありました。

-BBC NEWS, 7 December 2019, "Climate change: Oceans running out of oxygen as temperatures rise"

海水温が上昇したため、海水中の酸素が 2% 減少した、という研究についての記事です。トゥーンベリさんに向ける哄笑のひとつひとつが魚たちを窒息させようとしているのです。