「法の壁 証言「危険運転致死傷罪」」

危険運転致死傷罪」―。最長で20年の懲役刑が科されるこの罪は、12年前、交通事故被害者の遺族らの活動により作られた。しかし、いまだにこの法律に救われず、苦しむ遺族が各地で生まれている。名古屋市に住む眞野哲さん(51)、志奈(44)さん夫妻は、おととし、当時19歳だった長男・貴仁さんをひき逃げ事件で亡くした。運転していた男は、「事故の前にテキーラ6杯、ビール3缶を飲んだ」と供述。一方通行を逆走。さらに無免許、無車検、無保険…違反だらけの悪質運転だった。それでも、危険運転致死罪は適用されなかった。望まれて生まれたはずの法律。しかし今、この法律を取り巻く人々の証言から、遺族を苦しめ、現場の法律家までも翻弄している危険運転致死傷罪の実態が見え始めた。

紹介文中に「遺族を苦しめ」とあるのは、危険運転致死傷罪が適用されるか否かで量刑に大きな違いがある一方、同罪の上限20年に近い判決は滅多に出ない(2002年から11年までの死亡事故約6万件に対して、懲役15年超の一審判決は7件)、それゆえ遺族の“期待”と現実の間に大きなギャップが生じてしまっていることを指している。法務省の検討会委員として、危険運転致死傷罪の成立に関わった法律家や元検事の弁護士が取材に答えて解説するには、(自動車運転致死傷のような)過失犯に対して余りに重い刑罰を課すことはできないため故意犯として扱うことにした、それによって最高刑を懲役20年とできた反面、適用へのハードルは高くなってしまったということのようだ。
この点との関係で印象深かったのは、前述のヤメ検弁護士のことば。「私が検察官をやってた当時の殆どの期間は、だいたい殺人を〔懲役〕10年でやってた時期なんですけど、その感覚があるので交通事故を起こしただけの場合に20年とか30年とかにできる、っていうのはとっても重い、と感じます。」 事故を起こした「だけ」という捉え方がまさに遺族にとっては納得のいかないところなのではあろう。他方で、殺人の量刑とのバランスを気にする法律家の感覚も無視してはならないものだろう。
私自身が視聴中に感じたのは、懲役刑の経験がなく“前科者”との付き合いもない人間は往々にして「懲役5年」程度の罰をかなり過小評価しているのではないか、というのが一つ。もう一つは、被害者遺族の声に対して「厳罰化」以外に応える術を知らないこの社会の問題点、だ。「危険運転致死傷罪に詳しい」として紹介される別の弁護士は、次のように語る。

いま20年ですけど、20年をさらに上にする、でそういう上限追及って議論になってくんです。私は、ほんとにそれは、甲斐のないというか、果てしのないというか……いや果てはあるんです、死刑ですから。死刑まで行き着いた先、どうするんだろうと思いますね。先がない、先に光がない。どこに行った時に、みんなが安心できるんだろうって。それがないんですよ。