取り調べの可視化、実現か?

ひょっとしたらこのブログの「自白の研究」カテゴリが不要になるかもしれない、というニュース。

 千葉法相は18日の閣議後記者会見で、取り調べの全過程の録音・録画(可視化)を捜査機関に義務づける刑事訴訟法改正案を政府提案の形で国会に提出したいとする考えを明らかにした。
 可視化に関する同様の法案は、今年4月に野党の民主、社民両党が議員立法として提出し、参院で可決したが、衆院で審議されず廃案となっていた。

すでに議員立法での法案はあるにしても政府提案でやるとなればそれなりに条文案の再吟味をしたりするのでしょうし、警察・検察も無条件降伏はしないでしょうから予断は許しませんが、足利事件志布志事件などの記憶も新たないま正面切って反対するのは容易ではないでしょうからね。それにしても、与党がその気になればいとも簡単に長年の懸案に片がつくという事例が少なくとも一つあった、ということになりそうなわけです。
さて、この件については次のような報道もあります。

  • NIKKEI NET 2009年9月18日 「国家公安委員長、取り調べ「可視化」法相と協議へ」

 中井洽国家公安委員長は18日の閣議後の記者会見で、取り調べの全過程を録音・録画する「可視化」について、近く千葉景子法相らと協議を始める考えを明らかにした。おとり捜査や司法取引など、取り締まり強化のためのほかの捜査手法の導入の可否も含め検討する。法改正の時期は「内閣として調整が必要」と明言しなかった。
 中井公安委員長は「今朝の閣議前、千葉法相に(来月の)臨時国会の前くらいから話し合いを始めようと申し上げた。法務副大臣も交え閣僚レベルで話をしたい」と述べた。「ほかの(捜査上の)武器なくして可視化すべきでない」とも話し、今後、連立与党や司法関係者らの意見を幅広く聞く姿勢も示した。
 可視化を巡っては、千葉法相も就任直後の会見で「着実に進める」などと発言。一方、新たな捜査手法の導入については「別々に検討するもの」との考えを示していた。法相は18日の会見では、中井公安委員長の意見について「可視化を進めるという点では共通で、(自分の考えと)それほど違いがないと思っている。今後、協議したい」と話した。

警察・検察にとって徹底抗戦はスジが悪い選択ですからこの手のバーターのはなしが出てくるのは当然でしょう。また、これは法社会学者の河合幹雄氏が主張してるところとも一致しています(参考)。これに対して、日本の警察・検察におとり捜査や司法取り引きといった手段を与えることへの懸念を抱くひともいるでしょう。そういう懸念が事実無根だとは思いませんが、すでに「公安は全部やっとるじゃないか」ということ以外にも、ここは捜査機関に多少花を持たせてでも可視化を実現した方がよい、と考える理由があります。

 ただ、司法取引について、警察幹部は「すでに特捜検察の捜査では、犯罪の解明に役立つ供述をした容疑者について情状面をくむなど実質的な司法取引がある」と指摘。おとり捜査についても、司法関係者は「既に捜査現場に導入・浸透しており、可視化で損なわれる捜査力の補填になるとはいえない」と疑問視する。

実も蓋もないことを書いてますね。公安マターだけではなく大型の経済事件や汚職事件でも同様だ、と。おとり捜査の実態についてはちゃんと調べたことがないので承知していませんが、捜査段階でインフォーマルな司法取り引きが実現してしまっている(「容疑を認めれば罰金にしてやる」の類い、あるいは「自白すれば釈放してやる」の類いも含めて)ことは何度か指摘してきました。だとすれば、この際免責やおとり捜査を明示的な制度として導入したうえで、法によって枠をはめる(例えば司法取り引きにあたっては、被疑者が弁護人と十分に打ち合わせる機会をもつことを例外なしに保証する、など)方がマシではないか、と考える余地があります。インフォーマルな形で司法取り引きやおとり捜査が行なわれ、かつその取り調べが密室でなされる・・・という現状に比べれば、取り調べの可視化と引き換えに司法取り引きやおとり捜査に制度的裏付けを与える方がずっとよいのではないか、と。そしていずれにしてもバーターになるのが避けられないとすれば、いまこそが潮時でしょう。


なお司法取り引きと違っておとり捜査の場合、適用可能な犯罪の類型がかなり限られてきます。昨今の状勢から考えると児童ポルノ法違反の捜査に使われることを懸念するひとが(ネットでは)たくさんいそうですが、逆におとり捜査の制度化とのバーターを提起する余地があります。おとり捜査にお墨付きを与えたうえで単純所持を違法化するのはかなりヤバい、ということは広く同意を得やすい主張のはずです。最低限、児童ポルノを主体的、積極的に反復して入手した(しようとした)場合に限る、といった条件をつけることは容易になるはずです。


もう一つ、ブクマコメントでも書きましたが、取り調べの可視化が実現すれば日米地位協定をめぐって、特に在日米軍基地の周辺に住む人々が抱いている不満・不安をいくぶんなりとも和らげるための突破口が開ける、という可能性もあります。アメリカは日本の司法制度において被疑者の人権擁護が十分ではないことを盾にとってきた(そしてそれはあながち言いがかりとは言えなかった)わけですから。