虚偽自白の3類型

浜田寿美男氏は『自白の心理学』において「うその自白への転落過程」を三つに分類している(91ページ)。
一つは「身代わり自白」で、誰かのために、あるいは誰かに頼まれて偽の犯人役を引き受ける場合。この心理はおそらく多くの人にとって理解しやすいものだろう。マスコミが大きくとりあげる事件において「有名になりたい一心」で無関係の人間が“自白”するケースはこの「身代わり自白」の亜種とされる。こちらは誰にでもすぐに分かる心理とは言えないかもしれないが、刑事物の小説・映画などを通じてそれなりに知られている現象であろう。
もう一つは「迎合型」。虚偽自白の中でもっとも一般的なものとされ、取調べの強圧(拷問を含む)に晒された結果、「じぶんがやっていないという記憶」そのものはしっかりと保持しているのに「相手のいうままに認めてしまう」ケースである。これまた「その程度の圧力で嘘をつくのか?」といった疑問はあり得ても、拷問による自白のような極端な例についてであれば誰にでも納得のゆく心理である。
最後の一つが「自己同化型」の自白。「事件前後のことを問い詰められて、うまく思い出せないまま、自分の記憶に自信を失って、自分がやったのかもしれないと思うようになる自白」のことで、「自分を犯人と思い込む」という意味で「自己同化」型と呼ばれる。被暗示性など個人の資質にもよるが、一般にはもちろん非常に強い強圧があって初めて起こる現象である。取調べがもっとも「洗脳」に近づくのはこの類型においてであるといえるだろう。
ちなみに、「洗脳」というのは素人の単なる思いつきではなく、浜田氏も「マインドコントロールと同じ構図」を指摘している(『取調室の心理学』、平凡社新書、70ページ以降)。特に被疑者(や被告人)が情報遮断状態におかれることは重要な共通点であろう。またプライバシーの剥奪がしばしば自尊心を大きく傷つけることも、マインドコントロールのある種の技法との共通性と言ってよいと思われる。


この三つの類型は具体的な事件では入り混じっていることも多い、とされる。甲山事件の場合、被疑者には「自分が犯人でないとすると他の同僚が疑われる」という意識があったし、「自暴自棄」な心理での「迎合」による自白もあったが、実母が自分の出産後に一時的な健忘症状態になったというエピソードを捜査員から聞かされ、重要な記憶が欠落するような資質を受け継いでいるのかもしれない、と自分の記憶に自信を失うことがあったとされ、これは「自己同化」型の自白に近づいていると言える。


なお「自己同化型」の自白と関連する現象として「虚偽記憶(過誤記憶)症候群」と呼ばれるものがある。手近なところでは日本語版ウィキペディアで「虚偽記憶」と「過誤記憶」それぞれの項目を読むだけでもこの問題が政治的*1側面も持った複雑な問題であることが分かる(さらにイアン・ハッキングによれば哲学的な側面も持った問題でもある)。「虚偽記憶(過誤記憶)症候群」それ自体は「虚偽自白」とは違って被害者(ないし被害を申し立てている側)に起きる現象であるが、当ブログでも十分な準備ができればとりあげねばならない問題であると考えている。

*1:この「政治的」という語にはいかなるネガティヴな意味も込められてはいない。記憶に基づく証言が裁判で証拠として用いられることもある以上、問題は単なる記憶心理学のそれではなく、政治的な問題でもあると考えるのが正しい。