これでは左派が支持しないのは不思議でもなんでもないのでは?
これで何度目か知りませんが、私はインフレターゲット政策それ自体についてネガティヴなことを言ったことはない、ということを最初に断っておきます。
- 朝日新聞 2015年2月16日 左派こそ金融緩和を重視するべき 松尾匡・立命館大教授
聞き手(福田直之記者)が疑問をぶつけてそれに松尾氏が答える、という体裁の記事なのですが……。以下、強調はいずれも引用者によるものです。
「人々が将来物価が上がると思えば、名目金利から予想インフレ率を差し引いた実質金利が下がる。そうすれば設備投資が増える。本来は消費が増えて、景気の拡大が支えられるべきだが消費増税のせいであまり期待できなくなった。もう一つは円安の経路だ」
理由はどうあれ、「本来」あるはずの効果が出ていないというわけですね。
「ひどい不況の時、金融緩和で作ったお金は、直接には使われず銀行にため込まれてしまう。だから、そのお金が世の中に回る仕組みをつくるために、安倍政権は旧来型の公共事業を第2の矢として実行し、それが効いた。質はともかく、景気が拡大する方向への力が働いているのだと思う。本来は、公共事業よりも、介護や福祉の働き手を増やすために使うべきではあるが」
左派が重視する「介護や福祉の働き手を増やすため」という目標のためには使われていない、というわけですね。
「全体で見れば雇用は拡大している。本来ならば正社員のような質の高い雇用が増えるべきだ。安倍政権は雇用の流動化を進めていくので、その意味では質の低下を伴いながら、雇用が拡大していくかもしれない」
左派が重視する「質の高い雇用」は増えていないわけですね。
「中小企業は円安で原材料価格が値上がりして大変だ。ならばもうかっている輸出産業の大企業の利益に課税して、輸入原材料が値上がりして困っている中小企業に激変緩和の補助金として手当てしてもいい。輸入側の損を全部カバーしても、必要な課税は大企業のもうけの一部にとどまるので、これで景気が悪くなることはない」
数の上では大企業より多い中小企業は「大変」なわけですね。
「家計が苦しい状況はわかるので、何とかしなければいけない。食料品に限って消費税を非課税にしてはどうか。一方で円高の時、低価格の輸入品と競合していた農家などは円安のおかげで助かっている。だから再び円高に戻す必要はない」
家計が苦しいのは事実であるわけですね。
「第3の矢は基本的に金融緩和の足を引っ張るだけだ。確かに働く意思のある人がみんな雇われた完全雇用になれば、それ以上景気が拡大できない経済の『天井』にぶつかる。そうなれば、天井そのものの成長を図る成長戦略の議論がなされてくる。だが、規制を緩和すれば天井が成長するという話などは多分うまく行かない」
規制緩和路線はうまくいかない、というわけですね。
「百歩譲ってそれが正しいとしても、そういうことが課題になるのは実際に完全雇用になった後だ。失業者がいて、企業にもまだ雇う余地があり、景気がまだ拡大していける時に、わざわざ天井を上げる必要はない。天井をあげようとして生産性を追い求めれば、かえって失業者が出る原因になる。人々は職を失う恐れを感じて、安心して消費ができなくなって、需要を押し下げてしまうのではないか」
「職を失う恐れ」を感じることはもっともだ、というわけですね。
「本来は……」という表現が繰り返し用いられているのが象徴的だと思いますが、ひとことで言えば「左派が納得するような結果が出ていない」わけです。もちろん「それには理由があって、金融緩和が悪いわけじゃない」というのが記事の趣旨だということはわかります。しかし特に経済学に詳しいわけではない左派が金融緩和の意義を素直に納得できる状況にない、ということも率直に認めるべきではないのでしょうか? それなのに左派が金融緩和に懐疑的になる理由をこう分析するのはどうなんでしょう。
「なぜ左派が金融緩和に反対するのか。言ってしまえば、左派は雇用問題が一番深刻な若い世代の支持がだいぶ細っていて、古参の支持者に依存する現実がある。退職して年金生活者になっている支持者は金融緩和による物価上昇を恐れる気持ちが強い。それが一つの理由ではないか」
下手をすれば問題を「世代間対立」にすり替えることにしかならないんじゃないでしょうか、これ?
「需要が供給に追いついて、供給能力以上にお金を出せば、インフレは悪化する。途上国の例は良く聞くが、生産能力を超えてお金が発行されたからだ。確かに政府が無からお金を作ればいくらでもまかなえるので楽で仕方がない。だから、歯止めが必要だと考えるのは自然だ」
そう。(財政赤字があるなかでの)緊縮は道徳感情的には「自然」なんですよ。「未来世代に借金を残していいのか!」という主張が訴求力をもつ程度には有権者は利他的(道徳的)だ、ということではないのでしょうか? 先ほどの分析は左派の支持基盤である高齢者層の利己性に原因を求めていましたけど。
「自民党だけではなく、共産党も社民党も、政治家はお金がなければ公約は実行できない。民主党政権がうまくいかなかったのは、高校無償化や子ども手当を掲げたが財源が足りず、公約違反だと批判された。ところが、金融緩和でお金を作っていれば全部でき、おまけに景気も良くなったはずだ。民主党政権には、そういう発想はなかった」
これ、そうでしたっけ? 保守派は民主政権が公約通りに高校無償化をやろうとしたのを非難したんじゃありませんでしたっけ?