『イワシはどこへ消えたのか』


漁業資源の危機的な状況については、例えば「丸激トーク・オン・ディマンド」の第409回「世界の魚を食い尽くす日本人の胃袋」でもとりあげられていて、この回のゲスト井田徹治氏の著書『サバがトロより高くなる日』(講談社現代新書)もブログでとりあげたことがある。本書の特徴は乱獲に加えて「レジーム・シフト」という概念を導入して漁業資源の現状を分析しているところ。
レジーム・シフトとは「気候と海洋生態系が数十年規模のスケールで変動」することを指し、これによって同じ漁場での魚種ごとの資源量が大きく増減する「魚種交代」がみられるようになる。現在日本近海の漁場ではマイワシが不漁なのに対してサンマの資源量は豊富で、生物学的許容漁獲量の半分以下しか獲っていない。これは88/89年に起きたレジーム・シフトによってマイワシよりサンマに好適な環境になったためだという。ネットでググってみるとこういうシンポジウムの記録(PDF)なんかもみつかった。
従来の漁業規制は「最大持続生産量(MSY)」理論にもとづいていた、とされる。これは「環境は多少変化するが、長期的には一定と見なすことができる」という前提にもとづいており、資源の減少をもっぱら乱獲によるものと考える。レジーム・シフトという概念を受け入れても乱獲が資源を減らす要因であることは変わらないのだが、ではどこが違うのか? 私が理解した限りでは、MSYに基づく漁業規制は「減ったら獲るのを減らす、増えたら獲るのを増やす」というパターンになる。だがレジーム・シフトを考慮に入れるなら、ある魚種にとって好適な環境となり資源量が増え出しても直ちに漁獲量を増やしてはならず、親魚が十分育って産卵するのを待たなければ本格的な資源回復にはつながらない、ということになる。なお魚種交代の鍵を握る要因の一つが海水温なのであるから、本書は当然地球温暖化の影響にも触れている。これについては温暖化防止の対策とはべつに、温暖化によって増えると予想される資源の有効活用をはかることも説かれている。
海洋資源の保護につながる重要な科学的知見が得られた(らしい)ことは喜ばしいが、漁業には“人間の都合”も絡むためにそれをどう活かすかは難しい。例えばレジーム・シフトを観察しながら獲るべき魚種を替えてゆくというのは非常に有効な手段だが、特定の魚種に依存している業者(加工業者や飲食店なども含めて)にとっては死活問題となりかねない。本来ひと繋がりの海洋環境が200カイリの排他的経済水域で分断されていることは、国際的な協調を不可欠としている。世界最大の水産資源消費国である日本には国内でも、国際的にも問題解決のための政治的リーダーシップを発揮する責任があるといえるだろう。