松橋事件、再審開始が確定

 1985年に熊本県松橋(まつばせ)町(現・宇城〈うき〉市)で男性(当時59)が殺害された「松橋事件」で殺人罪などに問われて懲役13年の有罪となり、受刑した宮田浩喜(こうき)さん(85)の再審開始が確定した。最高裁第二小法廷(菅野博之裁判長)が10日付の決定で、再審請求を認めた熊本地裁福岡高裁の決定を支持し、検察側の特別抗告を棄却した。今後、やり直しの裁判が開かれ、殺人罪は無罪となる公算が大きい。
(中略)
 一方、弁護側の請求で検察側が97年に開示した証拠から、「犯行後に燃やした」とされていたシャツの布が見つかり、弁護側はこれらを新証拠として12年に再審を請求。熊本地裁は16年、自白について「体験に基づく供述ではないという合理的な疑いが生じる」と再審を認め、福岡高裁も17年に「犯人とする理由の主要部分が相当に疑わしくなった」と支持していた。
(後略)

袴田事件とは逆に検察側が特別抗告していたものの再審開始の決定が維持されました。
ここで指摘しておきたいのは、この朝日の記事でもそうですが、再審開始確定を伝える記事の多くで「無罪の公算」と報じられていることです。

たしかに再審が開始されれば、少なくとも私が知っているような著名な事件では(免訴となった横浜事件を別とすれば)みな無罪判決がでています。自白の信用性を著しく毀損する証拠が隠されていたことを考えると、なるほど無罪となる公算が高いのでしょう。
しかしそうすると、検察が特別抗告までして再審開始に抵抗していたことは厳しく批判されねばならないはずです。特別抗告審において新たに無罪を確信すべき理由が生じたというならともかく、隠されていた証拠の布の重みは熊本地裁の再審開始決定の時点で十分明らかになっていたのですから。再審開始が決まったとたんにまるで無罪が決まったかのような報道が可能になるというのであれば、再審請求審が事実上は再審として機能してしまっている、ということになります。
この松橋事件に加えて大崎事件、袴田事件など再審請求人が高齢な事件でも検察が再審開始に執拗に抵抗していることをうけ、再審請求審における検察の抗告を禁じるべきではないかという提言もでています(例:西日本新聞社説)。検察が「疑わしきは被告人(再審請求人)の有利に」の原則も尊重せず人道的な配慮もしないというのであれば、法改正により再審開始決定への異議申し立てを不可能とする他ないでしょう。

NNNドキュメント'18放送予定

今年6月、東京高裁が再審開始を取り消した「袴田事件」。
前代未聞の釈放から4年半、袴田巖さんは死刑囚のまま、姉と二人故郷浜松で暮らす。
そんな袴田さんを釈放当日から記録し続けた密着映像。
そこに映るのは、死刑の恐怖に晒され、精神を患い妄想に囚われた姿。
そして自由の中で、再び穏やかさを取り戻していく姿だ。
事件から半世紀、いまだ覆らない死刑判決。
遂に袴田さんは、死刑判決を下した元裁判官との再会を果たす。

最高検が袴田さんの再収監を求める意見書を最高裁に提出していたことが報じられたばかりであることを考えると皮肉なタイトルです。
なお岩波書店の月刊誌『世界』では、青柳裕介氏による「神を捨て、神になった男 確定死刑囚・袴田巖」が連載されています(現時点の最新号で第21回)。いずれ単行本化されればとりあげたいと思っております。

冤罪被害者の会、発足

 呼び掛け人は「布川事件」で再審無罪となった桜井昌司さん(71)=水戸市。桜井さんによると、入会対象は冤罪被害者とその家族、支援者。集会や署名活動などを通じ、捜査機関の収集した証拠の全面開示▽検察側が無罪判決や再審開始決定を不服として上訴できる権利の制限▽全事件での取り調べ全過程の録音・録画(可視化)▽冤罪を生んだ捜査員や取調官の責任の明確化−を実現するための法整備を政府や国会に求めていく。

ここに掲げられている活動目標はいずれも重要なものですが、袴田事件のことなどを考えればとりわけ急務なのが「証拠の全面開示」と検察による上訴の制限でしょう。少なくとも再審開始決定に対して検察が即時抗告を行うことはできないようにすべきです。
このニュースと同じ8月20日、残念なニュースが届きました。

「野田事件」で再審請求中だった青山正さんが亡くなったとのことです。野田事件については過去に以下のようなエントリで言及しています。
http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20130723/p1
http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20140715/p1
http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20140802/p1
http://d.hatena.ne.jp/apesnotmonkeys/20141220/p1

「未解決事件 File.07」

地下鉄サリン事件が起きた95年は個人的にはなによりも阪神淡路大地震が起こった年で、事件の一報は雨漏りを始めた自宅から家財を運び出す作業をしている真っ最中だったことを今も記憶しています。そのためか、地下鉄サリン事件やその後の捜査等についてはリアルタイムで目撃したという感覚をもつことがいまだにできず、関連書籍や番組などには積極的にはアクセスしてきませんでした。この番組も本放送のときにはスルーしていたのですが、番組表で再放送の予定を見つけた時に思い直して予約しました(5日に再放送のドキュメンタリーのみ)。


さて、この事件の捜査については前々から「オウム犯行説」以外の可能性に目を向けなかったことなどが批判されてきたわけですが、初動捜査を指揮した警視庁・元警視総監が取材に応じ、次のように語っていました(強調、〔 〕内は引用者)。

本来、捜査っていうのは本人〔=被疑者の警察官〕がこういうことを言っているのであれば、それを裏付けるものが出てくるんだけど、何も出てこない。
だからこれ〔=オウム犯行説〕は違うんじゃないのということで、もっと地道な捜査をやらなきゃいかんというんだけども、もうそちらの方にずっと行っちゃってる感じはしましたね。
それはみんなが一生懸命やっているわけだから、途中でブレーキをかけるなんて出来ませんよね。

最初の強調箇所「行っちゃってる」から滲み出す“他人事感”がすごいです。自分が指揮した捜査のはなしですよ。2つ目の強調箇所は少なからぬ人間の危惧を無視してインパール作戦にゴーサインが出た経緯を連想しますね。日本の組織が失敗するときの典型ではないでしょうか。

『黒い証拠 白い証拠 』『虚偽自白を読み解く』

  • BS TBS 2018年07月21日 ドキュメントJ『『黒い証拠 白い証拠 〜袴田事件 再審を問う』

獄中から無実を訴え続けてきた袴田巌さんは、逮捕から48年ぶりに自由の身となった。半世紀後に覆された当時の警察・検察の捜査に本当にねつ造はあったのでしょうか。取り戻すことのできない半世紀の時。事件はなぜここまで長い年月を費やさなければならなかったのか…。番組では事件をめぐる当時の捜査、これまでの裁判の流れを検証し、権力と司法に翻弄された袴田さん、その関係者たちの生き様から「48年の意味」を問いかける。

【制作】SBS静岡放送
http://www.bs-tbs.co.jp/news/documentj/episode/?mid=documentj

5月にSBS静岡放送で放送されたもの。
「黒い証拠」とは被疑者・被告人の有罪を示唆する証拠、「白い証拠」は無実を示唆する証拠のこと。番組ではヤメ検の弁護士が、捜査過程ではかならず両方の証拠が集まっていると解説する。

しかしよく知られているように、「白い証拠」はほとんどの場合表にでてくることはない。なぜか。

裁判官が“間違わずに”有罪判決を出すように……というのが当事者の意識なのだという。
袴田事件の再審請求審では、「履けないズボン」に関して袴田さんに有利な証拠を検察が隠していたことが明らかになった。
第一次再審請求の時にすでに明らかになっていたことなので2014年以降の報道ではあまり触れられていないが、凶器とされたくり小刀についても捜査や裁判所の判断には大きな問題があった。確定判決で凶器を買った店の刃物商夫婦の夫は、くり小刀が凶器と認定されたことにずっと疑問を持っていたという。

袴田さんが店でくり小刀を買ったと証言した妻は、実は袴田さんを目撃していなかったという。

番組は検察が証人を誘導した疑いを指摘。


普通の人が証言台に立たされればやましいところなどなくてもしどろもどろになってしまいかねないから、「証人テスト」自体は不当なこととは言えないが、それもあくまで証人の自発的な証言を助ける限りにおいてのはなしである。

著者にとっては2001年に刊行された『自白の心理学』以来の岩波新書。著者の虚偽自白研究の集大成が新書になった意義は大きい。とりあげられているのは足利事件狭山事件、清水事件(著者は袴田事件をこう呼称する)、名張毒ぶどう酒事件、そして先日再審開始決定が下った日野町事件。
本書の最大の特徴は、虚偽自白ではなく自白撤回後の供述に無実の兆候を見出そうとする議論が第4章で丁寧になされていること。これまでも同様の主張はなされていたが今回、単独の章としてまとめられた。長年の研究の中で、比較的最近前面に出てきた論点だ。
浜田氏の供述分析は当初、書面にされた自白調書しか材料がないという制約のもとで構想されたものだが、いくつかの事件については取り調べの録音が部分的にとはいえ開示され、取り調べの実態に即して供述分析の結果を検証することが可能になっている。本書でもその成果が紹介されているが、とりわけ印象的なのは、第3章で清水事件(袴田事件)の自白調書と実際の取り調べとを対照しているところ。調書の記述のうち袴田さん自身の発言に由来する部分がいかに僅かで、かつ断片的であるかが明らかにされている。


著者は虚偽自白を生む要因として取り調べる側の「証拠なき確信」を指摘しているが、その実態の一端は『黒い証拠 白い証拠 』でも紹介されている。

袴田 この事件と関係ない
取調官 事件と関係ないって どういうことだ? お前さんが関係ないって
    犯人はだれだ それじゃあ
    誰がこの人を浮かばれるようにしてくれるんだ

取調官 お前以外にないじゃないか お前以外に
    お前はそれでも人間か?
    良心があるのか?

取調官 お前は4人も殺しただぞ
    お前が殺した4人にな 謝れ 謝れ、お前
    お前は4人殺した犯人だぞ

これまた著者が指摘してきたように、取り調べが「反省の場」として理解され、被疑者が犯人であることを前提として執拗に道徳的非難と謝罪要求がなされている様子も伝わってくる。

Web世界「袴田事件特集」


岩波書店の月刊誌『世界』のウェブマガジン「WEB世界」が「袴田事件特集」を組んでいます。現時点で、4本のコラムが掲載されています。
大崎事件への取り組みで知られる鴨志田裕美弁護士は、東京高裁の決定やその報道において焦点化されたDNA鑑定ではなく、“履けないズボン”のタグに関する検察の嘘などの「手続的不正義」に的を絞り、それだけでも再審開始の理由になると指摘されています。

本日のホラー


本日、といってももう昨日ですが。買い物に行って鮮魚売り場を通ったら、イイダコかと思うようなサイズの「明石産 真ダコ」が売られている。タコと言えば鯛と並んで明石近辺の瀬戸内海を代表する水産資源なのにこのざま。一昔前ならアサリとしても「小ぶりかな?」と思ったであろうサイズのハマグリも売られている。どちらも、とてもじゃないが手を出すきになれない代物だ。たとえ「どうせ私が買わなくてもすでに死んでいる/じきに死ぬ」のだとしても。
なにぶん高齢化が進んでいる昨今だから、売り場には私と同年輩かそれ以上の世代の客がうようよいる。彼らは自分の記憶にあるはずのかつての鮮魚売り場と比較したりはしないのだろうか? 阪神間でも明石よりモロッコ産のタコが幅を利かすようになって久しいが、タチウオの産地が「オマーン」となっているのをどれだけの客が気にしているのだろう。
小難しい本など読まなくても、鮮魚売り場で目を見開いているだけで、水産資源の危機はわかるはずだ。20年前、30年前を知っている世代にはそれを意識した消費行動をする義務がある。