『名張毒ぶどう酒事件 自白の罠を解く』

少し前に読み終わっていたのですがご報告が遅くなりました。
数ある冤罪事件、冤罪疑惑事件の中でもこの名張毒ぶどう酒事件が抱えている困難さは、こじんまりした集落で起きた殺人事件で、犯人が共同体の外部にいた可能性がまずなく、奥西元死刑囚が無実だとすれば真犯人は同じ村落の中にいたことになる、という点にあります。捜査の過程で奥西元死刑囚ともう一人の住民が、それぞれ自分の妻が犯人であることを示唆する供述をしてしまったことも、そうした背景によるところが大きいのでしょう。
本書は第7次再審請求において著者が提出した2通の鑑定書を再編集したものです。周知の通り第7次請求ではいったん再審開始の決定が下ったものの、名古屋高裁で取り消し決定が下ってしまいます。本書ではこの取消決定への批判にもかなりの紙幅が割かれています。
さて私は虚偽自白に関する浜田氏の著作はほとんど読んでいますが、前月に刊行された『もう一つの「帝銀事件」』(講談社選書メチエ)を含め最近の浜田氏が強調しているのが「渦中の視点」という発想です。真犯人ならば進行中の事件を自ら生きた記憶を持っているわけですが、無実の被疑者は事件の「渦中」にいた経験を持ちません。そのため、虚偽自白には「渦中の視点」から見たときどうしても不自然な点が紛れ込むことになる(=自白が無実を証明する)、というわけです。
また虚偽自白に対する無理解、例えば「死刑になることが確実な事件で、拷問されたわけでもないのに嘘の自白などするはずがない」といった予断も、被疑者の「渦中の視点」に立てないからこそ生じるものだとされます。この「渦中の視点」について扱った講演(@日本認知心理学会)の記録がPDFファイルで公開されていますので、ぜひご一読下さい。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcogpsy/4/2/4_2_133/_article/-char/ja/