John Rabe

  • John Rabe (Regie:Florian Gallenberger, Besetzung:Ulrich Tukur, Steve Buscemi, usw., 2009, Deutschland, Frankreich, China.)

フローリアン・ガレンベルガー監督、ウルリッヒ・トゥクル主演の映画 John Rabe のドイツ版DVD。北米版が出たら買おうと思って待っていたのだが現在までのところ出ていないようなのでしびれを切らして購入。おかげで英語字幕どころかドイツ語のクローズド・キャプションすらない音声コメンタリーはほとんど理解出来ないし、特典ディスクのドキュメンタリーにも字幕がないので宝の持ち腐れ。制作国の一つであるフランスでもDVDは発売されていないようだ。否定派が「反日情報戦」をいかに過大評価しているかがよくわかる。


別館でもすでに触れておいたように、「史実に基づく」劇映画の常として本作でもいくつかの脚色がなされている。ネタバレを避けるためと否定論者に利用されるのを回避するために具体的な言及は最小限にするが(映画が日本公開されるか、日本版DVDが発売されればまた改めてエントリを書くことにする)、その目的(ないし効果)は(1)登場人物を絞り込んで理解しやすくするためと(2)より劇的な筋書きにするため、の2つに分類することができるだろう。
(2)については、ラーベの妻(ドーラ)が典型的な例であることは別館でも述べた通り。(1)について。南京残留欧米人のうち映画の中でラーベとともに比較的重要な役割を果たしているのは外交官のローゼン、医師のウィルソン、ミニー・ヴォートリンをモデルとしたヴァレリー・デュプレの4人。デュプレは名前からも、また演じた女優がフランス人であることからも、フランス人という(史実とは異なる)設定になっているものと思われる。フランス資本が入っていることによる脚色かと思われるが、結果としてアメリカ人が果たした役割がかなり過小評価されることになっている。安全区委員会のメンバーではないローゼンが重要な役になっている(なにしろ安全区の設立を提案するのがローゼンになっている)のは、恐らく彼がユダヤ系であったことによると思われる。ウィルソンも当初ラーベがナチ党員であるという理由で忌避感を抱いているという設定になっており*1、安全区での活動を通じてローゼン、およびウィルソンとの関係がどう変化するか、が映画の一つのモチーフとなっている。より強硬なナチ党員のキャラクターが創作され、ラーベが去った後日本軍に協力して安全区を運営するという脚色がなされているが、これはラーベを挟んでローゼンと対になるキャラクターを導入するためであろう。
登場人物を絞ったことは日本軍についての描写にももちろん影響を及ぼしている。(1)と(2)の相乗効果として、クライマックスでは実際にはなかったしまたありそうにもない*2シーンが創作されているが、これも物語としての出来の良し悪しを論じるなら別として、史実ベースの劇映画ではありがちな脚色だろう(注はネタバレ)。国際安全区委員会の活動についてある程度予備知識のある人間が観れば、劇的に見せるための脚色はかえって鼻白むように感じるかもしれない。安全区委員会の活動の中には、秦郁彦が「これだけの仕事量は、単なるクリスチャン的博愛や使命感だけでこなせるものではなく、長年の経験に裏打ちされた知的能力とチームワークの成果」*3だと評した膨大なデスクワークが含まれている。歴史家による委員会の活動の再構成の助けを借りて残された文書類に目を通せばそれだけで十分な感銘を受けるものだが、しかし劇映画でデスクワークのシーンを長々と挿入したってそうはいかない……というのは理解できるところである。

*1:ウィルソンは家族への手紙で、ラーベの人柄を讃える一方そのラーベがナチであることへの違和感を綴っているので、これは根も葉もない脚色ではない。

*2:軍司令官や師団長が直々に兵士を率いてラーベたちと対峙する。

*3:南京事件』、中公新書、162頁