貯金とか禁煙とか


そういえば「年越し派遣村」に煙草を吸ってる村民がいるのを咎める声もあったな。そういうこと言う人にとっては「彼らにとって「大きな」ことをほとんど全て禁じてきた。そして、「最後に」禁じられずに残ったのがケムリなのである。おそらく」などという zarudora さんの発想は理解不可能なのだろう。


しかし、別にパーフィットとかひきあいに出して「未来の自分」に対する配慮が合理的であるとする形而上学的な根拠はあるのか? なんてことを論じるまでもなく、貯金などというのは「5年後の自分」とか「10年後の自分」が「今の自分」の延長線上にあるということを自明と思えるような自己への信頼がなければできないことだ*1。そして貧困はそうした信頼を破壊する非常に強力なファクターである。

*1:ちなみに、厳罰化とか検挙率のアップがある種の犯罪類型において抑止効果を発揮しうるのも、そうした信頼をもつ人間に対してのみ、である。