これが差別だ
「差別とはどういうことか」を説明するのにうってつけの事例を見つけたので。
ほう、簡単な話しで国から出てる通達を病院側に知ってもらうこと、ソーシャルワーカーを噛ますこと、行政に相談すること、問題があるなら原因が何かを聞いて解決すること、養子縁組すること、公正証書を取っておくことetc
— 月清 (@tsukikiyora) February 17, 2019
婚姻以外に色々と出来ることはあるんだけどね。。。 https://t.co/vIEJf3HXcR
他の人々がやらずに済むことを一部の(必ずしも数的に少数とは限らない)人々だけが強いられる。これが差別であるわけです。
婚姻届一枚で済む方がいいね! って話だな。 https://t.co/aBvu6ctnCa
— apesnotmonkeys (@apesnotmonkeys) February 18, 2019
このように引用RTするとこういうメンションが返ってきました。
養子縁組も縁組届一枚で済みますがね。
— 月清 (@tsukikiyora) February 18, 2019
別に感情の問題で結婚届なんて書いて却下され続けるより、必ず受理される縁組届けで充分ですね。。。
— 月清 (@tsukikiyora) February 18, 2019
そして他の人々には与えられている選択肢が一部の人々から合理的な根拠なく奪われていること。これが差別であるわけです。
単なる「感情の問題」ではないことの指摘から出発しているのに「感情の問題」に矮小化しているのも差別の否認にはつきものの手口です。逆に同性婚の法制化を拒否するのに「感情」以外の理由があるのか、自省してみたことなどないのでしょう。
さてもう一つ。同性カップルは多くの場合性的関係を含む関係性であるわけですが、このアカウントはそれを法的に保護するのに「養子縁組」という手段を“ご提案”しているわけです。私は同性カップルがいまの日本社会でサヴァイブするために養子縁組という手段を選ぶことを否定も批判もしません。しかし「同性婚じゃなくても養子縁組があるじゃないか」という主張は、ジェンフリバックラッシャーたちがよく言うところの「家族破壊主義」ではないんですかね?