「犯人になるしかないと思った」


一審では無期懲役判決が出ていた旧今市市の女児殺害事件の控訴審では、検察側が殺害の日時と場所を大きく広げる訴因変更を請求し、裁判員裁判での審理がずさんだったのではないかと問題視されていました。昨日の公判ではこの訴因変更が認められるとともに、被告人質問では被告人が「決めつけられ、もう犯人になるしかないと思った」などと語ったと報じられています。
この「犯人になるしかないと思った」は、虚偽自白をするひとの心理として浜田寿美男氏が繰り返し指摘してきたものです。氏の虚偽自白に関する著書として現時点で(おそらく)もっとも新しいのは岩波書店の「シリーズ 刑事司法を考える」第1巻『供述をめぐる問題』に所収の第5章「虚偽自白はどのようにして生じるのか」だと思われますが、この論考にも「虚偽自白を語る心理―「犯人を演じる」ことで取調官との人間関係が結ばれる」と題した節があります。
もっとも、捜査段階で自白した被告人が公判で無実を主張する場合には、「なぜ自白したのか?」について説得力のある説明を行うことが必要になりますから、供述に関する心理鑑定について知識のある弁護人が“入れ知恵”をしたという可能性も否定できませんが。


さてこの「虚偽自白はどのようにして生じるのか」は基本的には従来の著者の主張の要約であり、特に新しい主張が見られるわけではありません。ただ、「真犯人が自白するのは当然だが、無実の人が自白するというのはふつうにはありえないこと」だという思い込みの誤りについての次のような説明(104ページ)は、簡潔ながら「なるほど!」と思わされました。すなわち、否認する真犯人は自分が嘘をついていることを自覚しているから、取調官との間で「やった」「やってない」という押し問答がどれだけ続こうが「無力感」に陥ることがかえってない、というのです。否認する真犯人にとって、取調官が容易に納得しないのはむしろ当たり前なのだから、と。