気持ちはわかるがそれが通用する相手かどうか……

ヒューマンライツ・ナウの伊藤和子弁護士が先日こんなツイートをしていた。

佐々木議員も言う通り、慰安婦問題とAV強要は全然別問題。
AV出演強要という、今ここにある深刻な人権問題について、いろんな方が純粋に取り組んでいるというのに、政治的にゆがんだ見方でレッテルを貼るのはやめてほしいです。
(https://twitter.com/KazukoIto_Law/status/829229512294547456)

これは『産経新聞』がヒューマンライツ・ナウを「慰安婦を国際社会に広めることに貢献した人権団体」だとする記事を掲載したことへの反応だ。この記事について伊藤弁護士は「HRNは設立2006年。すでにその頃には慰安婦問題は国際社会に広まってましたよ!」とも反論している。
しかし産経新聞はHRNについて「慰安婦問題を国際社会に初めて広めた」と書いたわけではない。そしてHNRの公式サイトでは日本軍「慰安婦」問題に関連した活動が実績として報告されているのであって、これは『産経新聞』の報道としてはむしろ事実に即している部類にはいると言わざるをえない。
http://hrn.or.jp/activity/category/70/
http://hrn.or.jp/media/1890/
http://hrn.or.jp/activity/1940/


もちろん、AV出演強要というようやく注目を集め始めた問題に取り組もうとしているとき、日本軍「慰安婦」問題というとことん不人気な課題へのとりくみを強調されたくない、という伊藤弁護士の気持ちはわかる。HRNが「慰安婦」問題にコミットしてきたことを肯定的に評価する者としては残念ではあるけれども。
しかし、「慰安婦問題とAV強要は全然別問題」と言ってしまうことは、はたしてAV出演強要という問題をこの社会にきちんと理解してもらううえで、本当に正しい選択なのだろうか? という疑問は残る。
例えば、業界関係者として「業界に健全化を促す」ことなどをうたった「一般社団法人表現者ネットワーク(AVAN)」を設立した川奈まり子氏は、HRNなどの調査について「従軍慰安婦」を引き合いに出して「捏造」であるかのように発言した“実績”がある*1
さらに彼女は、未成年女性に対する性的搾取を告発した「私たちは『買われた』展」へのネガティヴな評価に被せるかたちで、次のように発言してもいた。

同感です。『少女が「買われた」現実よりも、少女が自らの意思で積極的に「売っている」現実の方が、多くの人にとっては見たくない現実なのかもしれない』
(https://twitter.com/MarikoKawana/status/828851733602242561)

成人男性と未成年女性(しかも少なからぬケースにおいて、貧困その他の理由でいっそう弱い立場に置かれている)との構造的な非対称性をまるっと無視して形式的な“自由意志”を盾にする論法は、日本軍「慰安婦」問題否認論においても広く用いられている。言い換えれば、「JKビジネス」も、AV出演強要も、そして日本軍「慰安婦」問題否認論も、その根っこには「権力」や「自由」についての歪んだ理解があるということだ。
なにしろ、驚くべきことに、AV出演強要が社会問題化して以降にもなお、“女性を騙して、あるいはうまく言いくるめてAVに出演させる”という設定のアダルト・ビデオが制作され、発売されているのがこの社会であり、この業界なのである。


AV出演強要問題に取り組む際に、いちいち「慰安婦」問題と結びつける必要はもちろんない。しかし「慰安婦」問題を切り捨てることは、AV出演強要問題についてなにか重要なものを欠落させることになりはしないか、という危惧は指摘しておきたい。

*1:これについてはすでに法華狼さんが取り上げておられる。 http://d.hatena.ne.jp/hokke-ookami/20160314/1458052348