『魔の時間』ほか

名張毒ぶどう酒事件の再審請求(の取り消し決定)をめぐる最高裁の差し戻し決定について触れたエントリへのコメント欄で「なるほど」と思わされるご指摘をいくつかいただいたので、利用可能だったものを3冊ほど読んでみました。結果的に、ウィキペディアの「名張毒ぶどう酒事件」の項で「参考文献」として挙げられている3冊と重なりましたが、いま現在、この事件について、特に冤罪ではないかとする主張について知ろうとするならば、やはりこれ↓が最適でしょう。

原著の刊行は94年ですがこの文庫版は2005年刊で、同年5月の再審開始決定にも文庫版あとがきで触れられている(もっとも、この決定に検察側が異議を唱えて現在に至っているのだが)。江川氏の見るところでは、第一審の無罪判決によってかえって奥西死刑囚への憎しみは強くなったのではないか、という。逮捕直後には奥西容疑者(当時)の子どもを気遣う動きがあったほどなのに、である。つまり、誰が犯人であっても身内同然という環境での犯罪であるがゆえに、“犯人”が犯人らしく振る舞うならばことさら犯人への憎しみを募らせることはないが、「事件は解決した」という信念に揺さぶりをかけられることには激しく反応する……というわけである。

  • 青地晨、『魔の時間 六つの冤罪事件』、筑摩書房
  • 田中良彦、『名張毒ブドウ酒殺人事件 曙光』、鳥影社

この二冊、いずれも著者が自ら「拷問」をうけた経験を語っているという共通点があるのだが、二人がそこから学んだ教訓はまるで違う。青地氏はあの横浜事件連座して「虚偽自白」をしてしまったジャーナリストの一人である。しかし彼は拷問や欺瞞的な誘導だけが虚偽自白の原因ではないことをはっきりと認識している。

拷問に屈服するのは、肉体的な苦痛からばかりではない。いくら真実を述べても、相手はてんから取りあげず、まるで四方をとりまく厚い鉄壁をこぶしで叩くような絶望感が、虚偽の自白へ導くのだ。
(47頁)

『魔の時間』は副題が示す通り名張毒ぶどう酒事件だけを取り上げた本ではないが、どの事件についても虚偽自白についての適切な認識を前提に取材がなされている。
他方、田中氏の方は学生だった戦時中、友人に「この戦争は勝ち目がない」と語ったところを私服の特高に見とがめられ、署に連れ込まれて散々に殴られたのだそうである。戦後にももう一度、ある事件への連座容疑で勾留され、「自分は知らない」とのみ語って黙秘を通したのだそうである(この時はさすがに拷問はされなかったが)。しかし戦前のエピソードの場合、看守が「中学生だからこれくらいで許してやる」云々と語って釈放したというから、「凄いリンチを受けたが、僕は自説を最後まで曲げなかった」と胸を張るまでもなく警察には本気で「転向」させようという心づもりはなかったと思われる。戦後のエピソードについては、もし容疑事実が5人の毒殺であったらそんな取調べですんだはずはない、ということは明白だろう。
虚偽自白についての田中氏の認識不足は次のような部分に如実に現われている。奥西死刑囚は当初被害者の一人でもある妻の犯行であることをほのめかす供述をしたが、これについて著者は「勝の本心は果たして何れであるか」と自問し、3つの可能性を挙げている。

(一)妻の千恵子が犯ったのであるのか。
(二)勝自身が犯って、死んだ妻に罪を冠(被)せようとしたのであるのか。
(三)千恵子も勝もまったく関係がなく、青天白日の身であるのか。
(97頁、原文のルビを省略)

そして驚くべきことに、(三)については「ノーマルな精神状態である者であれば、到底考えられない事」として排除してしまうのである。そもそも全員が身内も同然という共同体で5人が毒殺されるという重大事件に関して取調べを受け、かつ自らの妻も犠牲者の1人であるという場合、たとえ「青天白日の身」ではあっても「ノーマルな精神状態」であると考える方が無理というものではないのか? さらに奥西容疑者(当時)の主観からすれば、自らが「青天白日」であるか否かは明白なことだとしても、妻がそうであるかどうかは必ずしもそうではない、むしろ原理的に言えば妻が「青天白日」であるか否かについては(客観的にも通用するような)確信を持ちえないのであって、(三)のような分類は客観的な事実の水準と当事者にとっての主観的な事実の水準とをきちんと区別しないことからくる誤謬である、と言わざるを得ない。さらに、この本でもきちんと指摘されていることだが、被害者でもある自分の妻の犯行(である可能性)を示唆する供述をしたのは、奥西死刑囚だけではないのである。犯行の場となった「三奈の会」の当時の会長もまた警察の取調べに対し、「このような事件を起こすと思われる人」として自分の妻をまず名指ししているのである。当時の会長は「ノーマルな精神状態」ではなかったのか? それとも当時の会長、ないしはその妻が実は犯人だったのか? これについて田中氏は当時の会長が「責任上まず妻○○子を俎上に乗せたのである」(44頁、実名を伏字に、原文のルビを省略)と片付けている。しかし「責任上」というなら奥西死刑囚も「三奈の会」の元会長ではあり、会場までぶどう酒を運んだ本人であって、「責任」を感じる余地は十分にある。さらにいえば、犯人と直接結びつく有力な証拠がない中、警察は動機面で容疑者を絞り込むために「ちょっとでも気にかかることがあればなんでも話せ」と住民に迫ったはずだ。なにしろ現に5人が毒殺されるという大事件は起こっているのだから、それを前提に振り返ればそれらしき兆候というのは見つかってしまうものだ。そうした状況では、仮に上記(三)の前提の下で妻を疑う供述をしたところで、「ノーマルな精神状態である者であれば、到底考えられない事」だとするのはまったくあたらない。