弁護人選任権侵害で無罪

 覚せい剤取締法違反(使用・所持)に問われた無職の男性被告(48)に対し、東京地裁は29日、無罪(求刑・懲役3年)の判決を言い渡した。水野智幸裁判官は「職務質問の際、男性が弁護士に連絡しようとしたのを警察官が妨害したことは弁護人選任権の侵害。その後に得られた証拠は排除せざるを得ない」と指摘した。


 男性は08年11月10日、東京都新宿区の路上に止めた乗用車内で覚せい剤約3.733グラムを所持し、同区内で若干量を使用したとして起訴された。弁護側は、路上で職務質問した際の警察官の行為は、弁護人選任権を保障する憲法34条に反すると主張。水野裁判官は警察官による妨害を認定し、その後の捜査で得られた覚せい剤や尿検査結果について「違法な状態を利用したもの」と証拠能力を認めなかった。【安高晋】
(後略)

認定された「妨害」がどのようなものであったのかはこの記事からは分からないが、同じ判決を伝える四国新聞社の記事では「警察官に携帯電話の操作を邪魔された」ということらしい。また同記事は弁護人のコメントとして「こうした弁護人を依頼する権利の侵害を理由とした無罪判決は珍しい」としている。公判になれば「妨害した、しない」と水掛け論になって裁判所は検察に有利な判断をするに違いないとたかをくくっていたのか、それともそこまでの思慮すらなかったのか。いずれにせよ多くの市民が結局は諦めてしまうことにあぐらをかいた捜査が批判されたということだろう。
なお「弁護人選任権」をキーワードに判決例を検索してみてヒットした事例から、いくつかとりあげておく。

  • 事件番号 平成17(わ)1572

判示事項の要旨:警察官の脅迫、弁護人選任権行使の妨害及び利益誘導による取調べは、重大な違法がある上、被告人の黙秘権を著しく侵害しており、その結果作成された警察官調書と、上記違法な取調べの影響を遮断する措置が講じられることなく作成された検察官調書は、いずれもその任意性に疑いがあるとして、上記各供述調書の取調べ請求が却下された事例

警察官が被疑者に対し私選弁護人は「お金の無駄や」「すぐ帰れるから必要ない」などと述べたことが「被告人の弁護人選任権の行使を実質的に妨害した違法なものと解される」とされ、自白調書の証拠申請が却下された事例。ただし、裁判全体として無罪になったのかどうかは不明で、また弁護人選任権の侵害だけでなく「警察官による違法な脅迫」「利益誘導」も認められているので、弁護人選任権侵害だけが認められていたらどうだったか、という問題は残る。

  • 事件番号 平成8う787

(4) 弁護人選任権侵害の有無について
所論は、被告人は、職務質問開始以降、令状に基づかずに、違法に身柄を拘束されていたところ、この間、被告人は警察官に対し何度も弁護士を呼んでほしいと申し出たのに、結局、警察官から弁護士に対する連絡はなされなかったのであるから、被告人の弁護人選任権が侵害されたことは明らかである、というのである。
しかしながら、既に判示したとおり、右の間、実質的にみても所論のいうような 逮捕状態にあったものではないから、所論は前提を欠くえ、被疑者であると否とを問わず、身柄の拘束もない段階においてその者から弁護人への連絡を依頼されたからといって、直ちにその警察官自身が弁護人に連絡すべき義務はないし、また、被告人において、弁護士に自ら連絡しようとしたこともなく、警察官が連絡を妨げた事実もないことが認められるから、弁護人選任権が侵害されたとする所論は採用できない。

被告人の控訴を棄却した有罪判決。今回の判決と同じく覚せい剤取締法違反事件だが、「弁護士に自ら連絡しようとしたこともなく」ということで選任権侵害は認められていない。ただし、もし自ら弁護士に連絡しようとした被疑者を警察官が妨害していたら・・・という含みはあるとも考えられる。

  • 事件番号 平成5(し)79

一 確かに所論の指摘するように、被疑者に国選弁護人制度が設けられていないことは、被疑者の権利保護にとって重大な障害となっている。特に、身柄拘束中の被疑者が、弁護人の援助を全く受けることなく捜査官の取調べの対象とされていることが再審無罪事件に共通する重大な原因の一つとなっていることは、既に多くの識者の指摘しているところである。そして、我が国刑事司法の現状として、「刑事訴訟の実質は、捜査手続にある」とさえ批判される(平野龍一「現行刑事訴訟の診断」団藤重光博士古稀祝賀論文集第四巻四〇九頁)くらいである。
(中略)
三 もっとも、従来、弁護士を含む司法界においてこの問題がなおざりにされてきたが、昨今の再審事件判決による反省もあって、勾留中の被疑者の要請にこたえ得るよう当番弁護士制度が平成二年に大分県弁護士会・福岡県弁護士会で始められて以来、相次いで各地弁護士会に設けられ、弁護活動を開始するに至った。これは、今まで事実上全く無防御の状態に放置されてきた大多数の勾留中の被疑者の立場を考えれば画期的なことではあるが、最初の接見、相談が無償とされるのみであるから、経済的余裕のない被疑者の弁護人依頼権を充分に満足させるものとは到底いえない。他方この制度は、今日、篤志の弁護士の正義感と職業上の義務感によって運用されているといってよいほど財政的裏付けを欠いており、その永続性、発展性に疑問なしとしない状況である。
本件特別抗告を棄却するに当たって、弁護士による被疑者弁護人制度の充実が刑事司法全体としていかに重要であるかを痛感する次第である。

刑訴法三一条二項により被疑者が弁護士でない者を特別弁護人に選任しようとしたが認められなかったことを弁護人選任権の侵害とする主張が斥けられた事例。今回のケースとは事情が大きく異なるが、ちょっと因縁があったので言及。引用部分は補足意見で、書いているのは大野正男判事。ロッキード裁判の最高裁判決で補足意見を書いた裁判官である。補足意見の趣旨としては今回の判決を間接的に支持するものと見ることもできよう。