朝日新聞、犯罪報道の「新しい指針」


3月22日付け朝日新聞(大阪本社)社会面に、事件・事故報道に関する「新しい指針」が掲載、解説されている。「【2】具体的な改善点」であげられている項目は次の通り。

  1. 情報の出所明示(「捜査情報を確定した事実と受け止められることのないよう、情報の出所をできるだけ明示する」など)
  2. 対等報道の徹底(「もう一方の当事者、とりわけ弁護側への取材に務め」「容疑者・弁護側の言い分を安易に批判・弾劾しない」など)
  3. 前科・前歴・プロフィル報道(「事件の本質や背景を理解するうえで必要な範囲内で報道」など)
  4. 識者コメント(「逮捕直後で状況や証拠、動機が十分に明らかになっていない場合、容疑者個人についてのコメントは原則掲載しない」など)
  5. 被害者報道(「被害者遺族の処罰感情の表現が、裁判員や世論に過度の影響を与える怖れがある点を考慮し」など)
  6. 公判報道(「被告を一方的に犯人・有罪と決めつけた報道はしない」「弁護側の報道も積極的に報じる」など)
  7. 見出し(見出しも上記各視点を心掛ける)

裁判員制度の導入なんてなくても当然考慮されているべきことばかりなのだが、それでももちろん改善されるのは望ましいこと。ただ第2点については、保釈が認められない事件の場合、接見制限に対してメディアが厳しい目を向けるのでなければいくら取材しようと被疑者の言い分なんて出てこない、ということになりかねない。


はなしは変わるが、南京事件否定論、特に「百人斬り」否定論が執拗に繰り返しているのが、『中国の旅』の連載にあたって日本側関係者への裏付け取材をしていない、という主張だ。

 昭和四六年、本多勝一朝日新聞の連載記事「中国の旅」で「百人斬り」を書いて、話題になった。ところが当時本多や朝日新聞社から佐藤さんに問い合わせがきたことは一度もなかった。
 佐藤さんは自分に聞かないで「百人斬り」のことがわかるはずがないと思った。抗議の意味で朝日新聞の購読をやめた。
稲田朋美、『百人斬り裁判から南京へ』、文春新書、59-60ページ)

「佐藤さん」というのは両少尉の有名な写真を撮影した元毎日新聞のカメラマンのこと。著者が佐藤氏の発言を正しく伝えているとすると、正直に言って佐藤氏は自分の体験の価値を過大評価しているとしか思えない。むしろ彼が「百人斬り」に関連して直接体験していること――「一〇〇人斬ったかどうか誰が数えるのか」と両少尉に尋ねたところ「当番兵を取り替えて数えるんだ」という答えをもらった、と氏は証言している――は、「百人斬り」が根も葉もない作り話ではないことを示唆する状況証拠になっているといってよい(とはいえ、それ以上のものでもない)。それはさておき、上記新指針を裏返して従来の事件・事故報道の実態に照らして考えた場合に、両少尉を弁護する側への取材を要求することが妥当であるかどうかは自明ではない。まして『中国の旅』は「百人斬り」それ自体が主題ではなく「戦争中の中国における日本軍の行動を、中国側の視点から明らかにすること」(『中国の旅』、朝日文庫、10ページ、強調部は原文では傍点)を目的としたルポである。1ページに満たない「百人斬り」についての記述は「姜さん」の紹介であることが明示されており、「新しい指針」の第1項についてはクリアしていると言える。